投稿日:2021年04月10日(土)
創造力
「自分の目でものを見て、自分の心で感じる人間がいかに少ないことか。」
ドイツの物理学者 アインシュタインの格言です。
「○○さんが言ってたから、そうだと思う。」
「普通に考えると、それはおかしいと思う。」
よく耳にするフレーズではないでしょうか。
自分がどう考えるか、どう感じるかを語る人が少ないような気がしております。
一般論を並べてみたり、話を逸らして見たり。
「何を考えているのだろう?」
「どう思っているのだろう?」
そんな疑問を感じたとき、相手の本音を引き出すテクニックがあると聞いたことがあります。
「相手を怒らせる。感情的にさせる。そうすると、本音が出てくるよ。」
当時は、なるほど。。。と思いましたが、必ずしも最善の方法ではないと思っております。
いずれにしても、相手が、どう考えているのか、どう感じているのか聞き出すことは、難しく感じておりますが。。。
世の中、「感覚」で生きている人が、かなりの割合で存在していると確信している。
「感性」というと、少しずれてしまう気がする故、「感覚」という単語がぴったりな気がしている。
逆に「感性」で生きているのであれば、自分の目でものを見て、自分の心で感じている筈。
理路整然と物事を考えたりするのではなく、あくまでも「感覚」で物事を捉える。
よって、意見を聞かれた際、的確な返答を導き出せない。
「世の中は。。。」
「えーっと。。。」
ハッキリしない返事を聞かされるというオチのような気がする。
今に至るまで、色々な立場の色々な人とコミュニケーションを取る機会に恵まれてきた。
それらの機会から、学んだことがある。
ほとんどの人は、評論家的なニュアンスで、ある事象に対して意見を言う。
自分を守るためなのだろうか。
「自分は、こう考えます。なぜなら・・・」
「こういうアプローチで進めて行くと、こう考えるに至ります。」
そのような意見は、皆無だった。
最近、「自分の目でものを見て、自分の心で感じる人間がいかに少ない」のか否か、わかりかねている。
自分の目でものを見て、自分の心で感じていても、見たもの、感じたものを言葉にしないだけなのかもしれない。
言葉にしないのであれば、相手の見たもの、感じたものを引き出す必要がある。
コミュニケーション能力が問われるのかもしれない。
感受性が豊かな人は、絶対、必ず、間違いなく、何を見て、何かを感じている。
そのような、感受性の豊かな人との接点を増やして行きたいという一心である。
僭越ながら、「自分の目でものを見て、自分の心で感じる人間」は、論外なのではないだろうか。
この名言により、「自分の目でものを見て、自分の心で感じる人間」にお付き合いいただけるよう「自分の目でものを見て、自分の心で感じる人間」を目指して行こうと思わされた。
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