投稿日:2020年05月07日(木)
戦闘力
毎日、少なからず、何か新しい気付きに恵まれております。
昔のことを思い出すことによる気付き。
偶然目に入ってきた事象からの気付き。
様々ではありますが、「あっ!!」と思わされることが多々あります。
多くの気付きを得ることができる日は、その前の日よりも「前進」している自分を認識できたりします。
「絶対的天地に争いはなく、相対的世界にのみ争いは生ず。」
相対的世界で起こる「争い」の数々を「滑稽」に感じるようになった。
「争い」が起こる原因のほとんどは、「我」がもたらすものとの確信がある。
ほとんどの「争い」は、「比較」から生まれるのだと思う。
優劣、善悪、強弱、大小など、比較する要素は、足元に転がっている。
少し気を緩めるだけで、無意識のうちに誰かとの比較、何かとの比較をしてしまうもの。
だから、意識的に「比較」をしないように気を付けてきた。
「自分は自分、他人は他人」を当たり前のことと捉えることができるようになるまで、気を付けてきた。
少しだけ。少しだけではあるが、自分は自分を貫けるようになったように思う。
偏に、習慣の力のお陰だと思う。
まだまだ油断できないことを自覚している。
今、自分が身を置いている場所は、「相対的世界」である。
「絶対的天地」を目指して、「相対的世界」に居る。
やはり、どうしても「他との比較」をしてしまう自分自身を認識している。
毎日が、相対的なモノと「比較」しようとする「自分自身の心」との闘い。
例えば、「一喜一憂」という四字熟語を聞くと、相対的な感情を表現しているように聞こえてしまう。
他にもたくさんある。
色々なことを考えるとき、見るとき、感じるとき、ちょっとした視点の違いで、受け取り方が違うことを実感できた。
その違いから、今までとは明らかに違う考え方が形成されていくのだと思う。
日々の生活から得る「閃き」についても、昔とは違ったものを感じる。
その「閃き」をどのように活かしていくかが、試されていることなのだと思う。
一日も早く、「絶対的天地」へ辿り着きたい一心。
そのための王道はなく、ひたすら精進を続けて行くのみなのだろう。
「絶対的天地」に至ることができたとしても、「比較」や「競争」は続く。
しかし、それらの「比較」は、「相対的世界」でのそれとは、趣が違うものであると信じたい。
10年前の自分、5年前の自分、1年前の自分、半年前の自分、昨日の自分と「今の自分」との比較。
逆に、明日の自分、来週の自分、半年後の自分、1年後の自分・・・これから訪れるどの自分と「今の自分」との比較。
未来の自分は、今よりも「Better」であろうと思う。
そうあれるよう精進を続けて行く。
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