確信を持つこと、いや・・・

投稿日:2021年03月17日(水)

表顕力




「確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動せよ。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる。」

オランダの画家 ゴッホの名言です。

 

自分がしていることに自信を持てないのは、至って普通のことのように思います。

どうすれば、自信を持てるようになるのでしょうか。

第三者に褒められたときなど、自分ではなく、他人からの評価によって、自信を持てるようになることが、ほとんどのように思います。

 

「絶対大丈夫。自信を持とう。」

自分を鼓舞したところで、気休めにしかならないこともあり、何らかの根拠となり得る事象が、自信を持たせてくれるのかもしれません。

 

承認欲求とは、自信を持ちたいという想いからくるものなのだろうか。

そんなことを考えたりしているのですが。。。

 

ネットの記事か何かで、ある投資家の話を耳にした。

「良いアイディアと悪いアイディアの違い」

良いアイディアは、「やってみなければわからない」と思うもの。

悪いアイディアは、そう思えないもの。

 

よって、「やってみなければわからない」と思うものに投資する。

もちろん、やってみてうまく行かないものもある。

 

やる前から、うまく行くかをわかる人は、この世に存在しない。

よって、やってもいないことに自信を持てる人も、この世に存在しない筈。

 

それでも、自信を持ってやろうと考える人が少なくないため、新たなビジネスが生まれ続けるのだろう。

新たなビジネスを生む人たちは、どの段階で、「確信」を持ったのだろうか。

「確信」を持っているかのように行動しただけなのだろうか。

 

「私は、確信があります。なぜなら、このような理屈で考えると、反論の余地がなく、それが、確信を持てる理由です。」

スキのない理論で武装されると、必ず反対意見により、攻撃される。

 

攻撃が続く中で、完璧に武装したはずの理論に確信を持てなくなる。

この段階で、「確信」を持っていないという行動になってしまう。

 

やはり、確信を持つことは、簡単ではないような気がする。

 

確信を持つ持たないは、理屈ではないと考えている。

多分、根拠も何もなく、確信して良いのだと思う。

その確信を、何処かでなくしてしまうのであれば、そもそも、疑いながらの確信だったのではないだろうか。

よって、そもそも、確信していなかったことと捉えることができる。

 

余計なことは考えずに、「こうだ!!」と思うことをそのまま進めて行けば良いのかもしれない。

「やっぱりこうだった!!」

自分の考えが正しかったと思えたときが、「本物の確信が生まれた」ときではないだろうか。

 

この名言により、確信は、右脳で行うものであると思わされた。

 



コメントを送信する


※すべて必須事項です

記事タイトル:
氏名*:
メールアドレス*:(半角英数)
コメント*:

記事検索
書籍紹介
最近の投稿記事
  • 貪・瞋・痴

    投稿日:2020年03月05日(木)

    「貪欲」(貪る心、欲望) 欲しいものなどに対して、執着する心   「瞋恚」(怒り) 怒ること、腹を立てること   「愚痴」(愚かさ、迷い) 真理を知らず、物事の理非の区別がつかないこと   […]


    本文を読む

  • 進化するときっていうのは・・・

    投稿日:2021年02月02日(火)

    「進化するときっていうのは、カタチはあんまり変わらない。だけど、見えないところが変わっている。それがほんとの進化じゃないですかね。」 元メジャーリーガー イチロー氏の格言です。   毎日のルーティンワークをしっ […]


    本文を読む

  • 人の精神は目にあらわれる

    投稿日:2021年05月10日(月)

    「人の精神は目にあらわれる。だから、人を見る時には、目を見ることが大切」 幕末の思想家 吉田松陰の名言です。   芸能人やモデルなど、メディア、SNSを通して拝見する機会があります。 身長、体型、髪型などの問題 […]


    本文を読む