障害がおそろしいものに見えるのは目標から目を離すからだ

投稿日:2021年05月03日(月)

冒険力




「障害がおそろしいものに見えるのは目標から目を離すからだ。」

アメリカ合衆国の実業家 ヘンリー・フォードの名言です。

 

目の前に、「階段」と「エスカレーター」両方があった場合、どちらを選択するか。

ほとんどの人が、「エスカレーター」を選ぶという実験結果があると耳にしたことがあります。

 

「階段を上る」ことを「障害」と解釈して良いのかはわかりかねますが、人間、どうしても「楽」な方を選んでしまうものなのでしょう。

 

「目標から目を離す」または、「目を離すべく目標がない」場合は、例外なく、「エスカレーター」を選択するのだと思います。

「苦」を選んでまで、「階段を上ろう」とは考えないのだと思います。

 

「階段」か「エスカレーター」かの問題は、大きなものではないと考えます。

それでも、この大きなものではない問題が、色々な意味で大きな違いを生み出すような気がしておりますが。。。

 

地下鉄を降り、改札を目指す過程で、「階段」と「エスカレーター」どちらを使うかの選択を迫られる。

エスカレーターを選択している人たちが、列を作っている。

逆に、階段は、並ぶことなく上ることができる。

待ってまでエレベーターを使おうとは思わず、階段を選択する。

比較的スムーズに改札まで辿り着くことができる。

 

この一連の流れを考える際、「目標」の有無が関係しているような気がしている。

「急いでいるから、空いている階段を使おう。」

「カロリー消費を考えたら、階段以外の選択肢はない。」

何か目的があると、「苦」に思える「階段」を「楽」に選択できるような気がする。

 

エスカレーターを選択する人たちに「目標」はあるのだろうか。

何となく、流れに沿って、流れに身を任せ、「エスカレーター」を選択しているような気がする。

「楽」を選ぶことにより、後から訪れるのが、「障害」ではないだろうか。

関節炎、肥満、色々な「障害」が起こり得る。

 

「障害」とは、目の前で起こる出来事に対して用いる単語なのだろうか。

エレベーターの話は、あくまでも一例と考えているだけだが、障害とは、後からやってくるもののような気がしている。

 

「障害」とは、目標を持たないことなのではないだろうか。

仮に、目標を持っていたとしても、その目標は、目を離した瞬間、目標ではなくなる。

目標をしっかりと定めた上で、事に臨むことができる限り、「障害」とは無縁のような気がする。

身の回りで起こる全てのことを、「目標達成のために必要なこと」と捉えることができると考えるが故である。

 

「障害」とは、「目標がない」ことなのではないかと思わされた。

この名言により、どのような状況であっても、自分の定めた「目標」だけは、忘れないように心掛けなければと思わされた。

 

 



コメントを送信する


※すべて必須事項です

記事タイトル:
氏名*:
メールアドレス*:(半角英数)
コメント*:

記事検索
書籍紹介
最近の投稿記事
  • 定点観測

    投稿日:2020年02月23日(日)

    昔行って印象に残っている場所、何か大きな出来事があった思い出の場所に行ってみたくなることがあります。   「そういえば、この近くで昔・・・」 「あの時、ここでこんなことがあったなぁ。。。」 などと思い出しながら […]


    本文を読む

  • 確信を持つこと、いや・・・

    投稿日:2021年03月17日(水)

    「確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動せよ。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる。」 オランダの画家 ゴッホの名言です。   自分がしていることに自信を持てないのは、至って普通のことのように思 […]


    本文を読む

  • 過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ

    投稿日:2021年04月28日(水)

    「過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。」 ノーベル賞受賞物理学者の名言です。   過去を引きずり、未来を願望している間に、今日が終わっていることがあります。 今日が過去になり、引きずるべく過 […]


    本文を読む