投稿日:2019年12月11日(水)
冒険力
仕事を探し始めたのは、結局2001年、同時多発テロより前のことだったと思います。
まずは、キャンパス内で、アルバイトを探しました。
掲示板に求人募集があれば、メールで連絡をし、
「その件については、○○○へ連絡してください。」
○○○に連絡をすると、
「その件については、△△△に連絡してください。」
こんな感じで、たらい回しが続きました。
アメリカの大学院は、フルタイムで働いている社会人の普通に授業を受けております。
働きながら学校に通っている友人も少なからずいたので、彼らに相談をしました。
ある日、友人の一人、スティーブンから連絡がありました。
彼が勤めている会社でインターンシップを募集しているとのことで、早速、履歴書を送りました。
初めての電話面接でした。
担当者の方と20分ほどお話をしました。
自分の経歴、現在の専攻やどのようなスキルがあるか・・・僕の方から伝える作業が殆どでしたが、終わりごろ、担当者からいくつか質問がありました。
YESかNOで答えられる質問と、説明が必要な質問でしたが、最後の質問が聞き取れず、何度か聞き直しました。
何とか答えたつもりでしたが、手応えを感じることなく、面接は終了。
後日、友人から連絡がありました。
結果は、不採用。
経験の問題もありましたが、やはり、最後の質問で何度か聞き直したことが。。。
「日本でできることを、アメリカでするつもりはない。アメリカでしかできないことをする!」
仕事を探す際、このような気持ちでした。
プログラミングのポジションを探しておりましたが、最優先したのは、上の気持ちでした。
とにかく、アメリカで生きていくために、アメリカで経験を積みたいという一心でしたが、思うようにことは進まず。。。
途中、投げやりになっていた時期もありました。
ネットでジョブサーチのサイトに登録したり、企業のオフィシャルサイトで履歴書を送ったり。。。
色々なことをしている間に、日系企業からの面接のお話がありました。
大手製造業のグループ会社として、親会社のシステム開発を行う会社でした。
本意ではありませんでしたが、折角の機会でしたので、面接を受けに行ってきました。
そこは、完全に日本でした。
面接も日本語で行われました。何ら目新しいことはなく。。
当然ですが、不採用でした。
インターンシップのポジションを探しておりましたが、今でいうスタートアップの会社の面接を受けた時のことです。
「給料は支払えないが、株式を譲渡するので、働いてほしい。」という会社でした。
僕は、経験を得るために仕事を探していたのですが、投資家のようなことはするつもりもなく。
その話を承諾していれば、働けたのかもしれませんが、お断りました。
結局、日本語ができるという「強み」を活かすしかないと半ば諦め、多言語対応のシステムを開発している会社で、Quality Assurance(クオリティ・アシュランス)のポジションの面接を受けました。
QAとは、開発中のシステムに不具合がないかなど、品質を管理する仕事なのですが、プログラミングのスキルが欲しかったので、別の会社が見つかるまで。。。という気持ちで、働き始めました。
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