物事を見すぎることで、それが・・・

投稿日:2021年02月22日(月)

分解力




「物事を見すぎることで、それが持つ意味がまったく見えなくなることを僕は怖れる。」

アメリカの芸術家 アンディ・ウォーホルの名言です。

 

何か問題が生じると、その問題だけを見てしまう傾向があります。

少し俯瞰してみてみると、別のものが見えてくるとわかっていても、問題だけに焦点を当ててしまいます。

 

「問題を解決したい。」

純粋な気持ちで、起こった問題を解決したいと考えれば考えるほど、問題だけに目が行ってしまい。。。

結局、問題を対処できたとしても、解決には至っておらず、また同じような問題に直面することになるような気もしております。

 

そもそも、問題が起こると、心理的に安定した状態を保つことが難しくなるものです。

憂い、焦りなど、様々なネガティブな感情が、心理的不安定さを引き起こすのでしょう。

 

「八風吹けども動ぜず」

自分自身の気持ちをコントロールできればと思いながら。。。

 

今に至るまで、異業種交流会など、様々な「集いの場」に顔を出す機会に恵まれた。

集う場所、時間、人、諸々の違いが、それぞれの「集い」の違いを創り出す。

 

声の大きさは、在籍期間の長さに比例する。

いわゆる「長老」、「ベテラン」、「ご意見番」などの一言が、集いのルールと化していく。

それぞれで「違い」を創り出していながらも、絶対的に共通することがある。

 

「○○の常識は、世の中の非常識。」

文字通り、「同音異口」である。

 

「○○」に長く在籍していると、他がどうなのかが見えなくなるのだろう。

何処かの段階で、

「それが常識。」

「これが当たり前。」

となり、思考が停止する。

 

多分、少し俯瞰して見てみようとは思わないのだろう。

思考が停止してしまえば、あとは惰性で進むのみ。

 

「○○のルール」だけを見すぎているのだろう。

時間が経てば経つほど、それが持つ意味を考える人が少なくなっていく。

そもそも、どのような経緯でルール化したのかを知っている人が少なくなっていく故、形骸化したルールだけが、独り歩きし始める。

 

何の疑問もなく受け入れることができる人を羨ましく感じていたことがある。

自分には、できないと思っていた故、ある意味の能力であると解釈していた。

 

様々な○○を見る機会を通して思うことがある。

今後、どのような○○とのご縁があったとしても、そこにどっぷり浸かることはないと思う。

 

この単語で片付けるのは、少々乱暴であるが、

「つかずはなれず」

若しくは、それに似た感覚で、物事を捉えて行こうと思っている。

物事の一面だけに拘ることなく、多面的に捉えることができるように精進して行こうと思っている。

 



コメントを送信する


※すべて必須事項です

記事タイトル:
氏名*:
メールアドレス*:(半角英数)
コメント*:

記事検索
書籍紹介
最近の投稿記事
  • 変革の時代

    投稿日:2020年05月29日(金)

    「FOCUSING ON THE MARKET OUTSIDE」 自社のロゴを制作した際に、ロゴの中に、会社のキャッチコピーとして添えた文章です。 もう、かなり前の話です。 「心ここに有らず」と解釈され得るコピーです。 […]


    本文を読む

  • 英国紳士 – ホスピタリティ

    投稿日:2020年06月03日(水)

    政治家とキャスターの結婚を「おもてなし婚」と騒がれていました。 僕は、それを聞いて、「政略結婚」っていうこと?と思いました。 何故なら、「表(おもて)がない結婚=裏がある結婚」では? 上記内容、冗談として成立することを願 […]


    本文を読む

  • 愚者の心は口に・・・

    投稿日:2021年03月15日(月)

    「愚者の心は口にあるが、賢者の口は心にある。」 アメリカの政治家 ベンジャミン・フランクリンの格言です。   ビジネス上、「秘密保持契約」を結ぶ機会が少なくありません。 どのような企業でも、必ず契約書のひな形が […]


    本文を読む