投稿日:2020年03月12日(木)
表顕力
小学校低学年の頃、国語の授業で、川柳を作る宿題が出たことを思い出しました。
品性など気にもしない年ごろということで片付けて良いのだと思います。
発表された川柳に、「品格」を感じることはありませんでした。
それでも、「笑い」に繋がる作品であれば、結果オーライなのかもしれません。
僕は、時事ネタを使って川柳を作りました。
勿論、両親に考えてもらったのですが、少なくとも、川柳の体を成しておりました。
が、全く「笑い」にはなりませんでした。
少し残念な気持ちになったことを覚えております。
その反省からか、次の「短歌」の宿題では、川柳の時の傾向と対策により、「笑い」を意識しました。
品性については、全く考えずに短歌を作りました。
傾向と対策が功を奏し、「笑い」になりました。
が、同じく、少し残念な気持ちになったことを覚えております。
その時のことが影響しているかわかりませんが、「笑い」とは何かを考えるようになりました。
僕のイメージする「笑い」は、芸人の芸のような「笑い」とは違うものであるという確信はあります。
面白い人は、目立つ存在としてスポットライトを浴びることが往々にしてあります。
人を笑わせることができるのは、尊敬すべく資質だと思います。
そのような資質が備わっている人をリスペクトします。
一方で、人を悪く言うことでの「笑い」や、人の不幸を基にした「笑い」が、巷に転がっている気もします。
「ブラックジョーク」という表現で片付けられるのかもしれませんが、聞かされる方は、寂しい限りです。
英国紳士としての重要な資質は、「ユーモア」であるという話を聞いたことがあります。
いわゆる「笑い」とは違うものであると考えます。
巷間、芸能ネタなど、身近に転がっているネタを使って「笑い」を取ろうとする会話が多いように感じます。
刹那的なやり取りの中では、それで問題ないのかもしれません。
「ユーモア」は、教養を必要とするような気がしております。
よって、背景を理解できないとそのユーモアを理解できないことがあり、「笑い」に繋がる筈もなく。
僕は、背景を基にして「笑い」を取ろうとしてきました。
やはり、背景を知らない人に対しては、伝わらず、何度も空気を止めてきました。
空気を読めない人を「KY」と言いますが、僕は、「KT(空気を止める)」と言われておりました。
お陰様で、もう、空気を止めることは無くなりました。
相手を見て冗談を言うかどうかを判断するようになったからです。
ここまで来るのには、かなりの失敗がありましたが、今では、スッキリしております。
「ユーモア」とは、人のマイナスな気持ちをリセットしたり、人を嬉しい気持ちにさせたり、沢山の人たちを喜ばせるための手段だと確信しております。
今、心から、「ユーモア」の大切さをご教示いただいた沢山の方々に感謝申し上げます。
今後も、「教養」を身に付けながら、「ユーモア」をもって、素敵な人間関係を構築すべく、精進を続けて参ります。
ユーモアは、「英国紳士」として必要な要素であると確信しているからです。
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