投稿日:2021年02月12日(金)
戦闘力
「人を不安にするのは事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の意見である。」
スイスの法学者 ヒルティの格言です。
不安に感じる出来事が、皆無である生活を夢見ていたことがあります。
「毎日穏やかに過ごすことができれば。。。」
そう思いながら、そのように過ごすための術を見つけることができずに過ごしてきました。
最近になって、ようやくその術を知ることができたような気がしております。
「病は気から」
学問的な見解は別として、気持ちをどう保つかによって、免疫力を高めることが可能であるような気がしております。
毎日起こる出来事の一つ一つをどのように捉えるかで、不安をコントロールすることができるように感じておりますが。。。
「絶望的な状況というものはない。 人が状況に対して絶望的になるだけだ」
高校時代に知った格言。
今に至るまで、何度もこの格言を思い出す機会があった。
それでも、状況に対して「絶望的」になることが多々あった。
「絶望的な状況」に対して不安を覚えた後、「万事休す」に至る。
悪循環でしかなかった。
「あらゆる事柄に対して、都度「一喜一憂」していたのでは、身体がもたない。
何とかして、この状況を楽観的に捉える方法はないのだろうか。」
そんな試みを続けてきたが、最善の策に恵まれることなく、絶望的に。。。
そんなことを繰り返してきたからなのだろうか。
ある事柄に対して「絶望的になったとき」の対処法ではなく、ある事柄を「絶望的に捉えない」方法を探るようになった。
どのような事柄も、プラスの要素を探すように心掛けた。
ネガティブな状況であっても、必ずポジティブに捉えることができる要素が眠っている。
そのポジティブな要素を探ることだけを考えるようにした。
お陰様で、どのようなことが起こっても、「不安」だけを抱くことはなくなった。
「人を不安にするのは事柄は、人を安心させる事柄である。」
そう考えるようにしている。
それでも、100%不安を払しょくできるものではない。
事柄に対して、声高にネガティブを煽る人も存在する。
その煽りにより、不安になることが可能である。
余計なことを考えなくなると、第3者からの煽りを気にすることがなくなることも実感できている。
人を陥れようとして煽っているわけではないと考えてはいるが、ときに悪意を感じる場合もある。
とにかく、余計なことを考えないことが、対処法なのだと思う。
まずは、事柄に対して、自分自身が不安を覚えないよう精進していくしかないのだと思う。
第3者の意見は、外野の意見として、若干の余裕をもって捉えることができるようになれればと思っている。
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