しばしば、直観が頼みの綱になる

投稿日:2021年03月31日(水)

創造力




「しばしば、直観が頼みの綱になる」

アメリカの実業家 ビル・ゲイツの名言です。

 

3カ月前に書いた記事を改めて見ようと思いました。

今の心境では、この名言をどのように捉えるのか。

それを確認したくなりました。

 

今日書く記事は、3カ月前とはどのように変わっているのか。

とても楽しみではありますが。。。

 

「そんなことやっても意味がないよ。」

「それは、他の人もやっているよ。」

熟考を重ねて固めたアイディアを誰かに話すと、高い確率で、否定的な意見が返ってくる。

 

否定的な意見が増えれば増えるほど、やる気がなくなる。

「所詮、自分の考えることなど、目新しいことはないのだろう。」

「アイディア」ではなく、「アイディアを出した自分」を否定して終わる。

アイディアを出しては、否定されを繰り返して、何もしないというアクションに至る。

 

そもそも、自分のアイディアを人に話す意味はあるのだろうか。

そのアイディアに対して、どのような返事を期待しているのだろうか。

そのアイディアは、賛同者が存在しなければ、実現できないのだろうか。

 

最近、思うことがある。

人間、皆、それぞれの「枠」の中で物事を考える。

その「枠」から外れたことを言われると、必ず否定する。

例外はないと断言したい。

皆、自分が正しいと思いたいという気持ちからくる否定のようにも思う。

 

そもそも、アイディアとは、熟考して固める必要があるのだろうか。

考えれば考えるほど、「不可能」と思わせる要素が出てくる。

そのアイディアを誰かに話す前に、自分が否定して終わるというオチに至る確率の方が、高いような気がする。

 

左脳には、限界がある。

今までの知識、経験を基に考えてしまうが故、知識、経験による「限界」を作り上げてしまう。

 

その点、右脳は、比較的自由な側面を持っている。

理屈で考えるアイディアではなく、直感によるアイディアの方が、具現化し易いような気がしている。

 

直感で何かを感じたら、それを形にすべく、アクションを起こす。

実際にどうなるかは、アクションを起こさない限り、わかり得ない。

アクションを起こしている間は、誰かにそのアイディアを話している余裕はない。

そもそも、誰かに話す必要はあるのかが疑問である。

 

直感は、色々なことを気付かせてくれる。

多分、絶対、間違いがないと確信している。

 

「あのとき、直感で動いてみて良かった。」

と、過去を振り返ったとき、そう思うことができる。

結果の良し悪しは、全く関係ない。

アクションを起こしたことを良かったと思える。

 

「頼みの綱」は、周りからの「賛成意見」ではなく、自分自身の「直感」であると確信している。

 



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